Categories: FEATUREDTRIP F

僕に打ち寄せた2度目の波

今宵も惰性で始まる宴

「じゃ、この辺で自己紹介タイムね!
えっと、お前から時計回りで!」

幹事のあいつはいつも声がでかい。
さっき乾杯をしたばかりなのに、
急なフリに僕はとまどってしまい、
もう一口、ジョッキのビールを流し込んだ。

「えー・・・俺から?えっと、名前は小林で。
趣味はドライブとか、たまに行ってるかなー」

「そうなんだー!どこ行ってるのー?」

斜め向かいに座っている女子から、
間髪入れず次の質問が来る。

「うん、買い物行くのに名古屋まで走ったりとかー」

思わず伏し目がちになる。
本当は、名古屋まで運転したのは
もう半年ほど前が最後だ。
先週末は家と近所のパチンコ店を往復しただけ。
どこにも遠出はしていない。
(ちなみにパチンコでは1万円負けた)

どんな車に乗ってるの、とか、
他にもいくつか聞かれたが、
なんとも当たり障りのないやりとりだったと思う。

その後、幹事の自己紹介の番になったが、
旅行好きで、アジア各国を周った経験を話し始める、
あいつの恒例のパターンになった。
僕は、またそれをいつものように
ニヤニヤしながら聞いていた。
女子たちは興味があったのかな。

まあ、どっちでもいいけど。

ちょくちょくやっているコンパだが、
今日もこんな感じで終わり。

“無事家に帰った!?今日はありがと!
機会があればまた飲もう!”

いつもの定型文をLINEに送って、
携帯をベッドに投げ、僕もその横に寝転んだ。

「今週末も特にやることはなし、と…」

スイッチ・オン

そのまま寝てしまっていて、
気付けば、土曜の朝10時になっていた。
その後、シャワーを浴びて、
またパチンコに行って(また1万円負けた)。
日曜は、取り立ててここに書くような活動はなく、
気づけば夕方になっていた。

「また明日から会社か~…」

「なんか楽しいことないかな。」

ここ半年くらい、こんな週末が多い
学生時代は軽音サークルの仲間との
付き合いが忙しかったし、
2年前に社会人になってしばらくは、
同期と遊びに行くことも多かった。

しかし、みんなそれぞれ、
なんやかんやで忙しいようで、
以前のように遊ぶことはめっきり減った。
仕事はまあそれなりに、平日は忙しくしてるけど。
せっかくの休みの日がこれだとな…

そんな週末の夕方、ボーッとテレビを見ていた。
「ヤマさん家」だ。

芸能人のヤマさんがジープに乗って、
地方のスポットを周る地元密着型の番組。
今回は山あいの釣り堀でニジマス釣りだとか。
魚釣りもできるのか、やっぱ器用な人だな、
と思いながら観ていた。

「こんな楽しいなら、
週末はここに通っちゃいますよね!!」

網の中でバシャバシャ暴れる魚を見ながら、
ヤマさんは渾身の笑顔でこう言っていた。

「釣りか・・・」

小さい頃、地元の小さな川で、
父親と釣りに行っていたことを思い出した。
家の畑でミミズを掘って、
それをエサにしてオイカワとか釣ってたな。
夜釣りで大きなナマズが釣れた時はうれしかったな。
小学校の自由研究でも、
近所で釣れる魚について調べたっけ。
あの頃は釣りのことばっか考えてたなー。

そんなことを思い出してると、
沈んでいた気分が少しほっこりしてきた。

「釣り、このへんでもできるんだっけ・・・?」

手元にあったスマホで、
近所の地名と釣りを入れて検索してみる。
すると、地図付きの釣り場案内や、
釣れる魚についての記事がわらわらと出てきた。
いくつかのページを流し読んでみた。

・・・

テレビで見たような釣り堀は、
遠くにしかないみたい。
逆に、近所の川でも釣れるっぽいけど、
不審者扱いされかねないかもな、
昔流行ったブラックバス釣りだと、どこがあるかな?
いろいろ見ていると、家から30分くらいで行ける
海辺の漁港があることに気づいた。
なるほど、そこではどんな魚が釣れるんだろう?

・・・

風呂に入るのも忘れて
釣りのネット記事を夢中で読み漁っていた。
気付けばもう夜の12時を超えてしまっている。

A3用紙に魚の絵や地図を、必死に油性ペンで描いて、
自由研究の発表資料を作っていた、
子供時代の自分と重なった気がした。

風呂に入ってベッドに潜ってからも、
まだ釣りの記事を読み続けたぐらいだから。

今日は釣具屋で5時

早く会社を出るために、朝一から集中。
普段は、缶コーヒーを飲みながら
ぼんやりメールを眺めたり、
だらだら残業して作業するけど
(帰っても特段やることはないので)、
この日は定時を目指してガリガリこなす。

なぜなら、近所の釣り道具屋で
釣り道具をそろえるためだ。

無事、会社を夕方5時前に脱出して、
”釣り遊”というチェーン店へ。
店員にいろいろアドバイスをもらって、
釣り竿とリールのセットと、
サビキという仕掛けを買った。

サビキは、小さな飾りがついたような
針が6本くらいついてて、
その下に、まきエサを入れるための
プラスチックのカゴを取り付ける。
まきエサに寄ってきた魚が、間違って針に食いついて
釣れてしまう、という釣り方。
ネット情報でも、釣具屋の店員も、
こぞってこの釣り方が初心者向けだと言う。

お会計は、合計5000円。意外と安く済んだ。
パチンコなら30分で消える。
(改めて考えると恐ろしい)
でも、こんなオモチャみたいなので
魚が釣れるのだろうか・・・?

あの日あの時、あの漁港で

いつもは昼前まで寝がちなところ、
この日は目覚ましを掛けた6時にぴったり起床。
休みの日にこの時間に起きているのは久々だ。
釣り道具屋で買ったものたちを
車のトランクに入れて、出発。

朝日がまぶしくて、いかにも一日の始まりを
肌で感じている気がした。
いつもは開けない窓を少し開けて、
ちょっと冷たい風を顔に感じながら、
目当ての漁港に向かった。

漁港近くの集落の狭い道を抜けると、
既に何台か車が止まっていた。
自分だけしか居なかったらどうしよう
と、心配していたけど、
少なくとも釣りをしても大丈夫そうなことが
分かったので、ほっとした。

車から道具を取り出して、
釣り人らしき人影がある方へ歩く。

漁港は大きな堤防があって、
釣り人も5,6人は居たので、
とりあえずキョロキョロ様子をうかがってみた。
すると、20メートルくらい先に、
早くも魚を釣り上げている人が!
針にかかった小さな魚が、
ピチピチ宙を舞っていた。

「すごい、ほんとに釣れてる!」

釣れてる場面に運良く出くわして、
俄然やる気がでる。
ケースから釣り竿を取り出して、
手間取りながらも仕掛けをセットした。

チューブ式のまきエサをカゴに入れて・・・
ポチャンと海に落とす。

足下の水面下で、まきエサがブワーっと広がって、
少しずつ沈んでいく。

しばらく糸を出しっぱなしにしていたが、
カゴが海底に着いたみたいなので、
リールを巻いて、糸をピンと張ってみる。

あとは、仕掛けが上下に動くように、
釣り竿を動かしてみる。
動かし方もよくわからないまま、
なんとなーく揺すっていると、

急に竿先がビクビク揺れだした。

え?え?と思いながら、
無意識にリールをグルグル巻いてみると、
海面の下で銀色にキラッキラッと光るものが!

「は!?いきなりかよ!」

と思い、夢中で巻き続けると、
とりあえず魚であろう形をした生き物が、
ピチピチしながら上がってきた。

防波堤の上で跳ねている魚をまじまじと見ていたが、
とりあえず針を外さなきゃと思って魚を掴む。
さすが、さっきまで海を泳いでただけあって、
元気いっぱい。
手の中でも暴れて、針を外すまではだいぶ苦戦した。
針が外れた魚をバケツに入れて、
とりあえずフーっと一息。

(釣れた魚は、後にアジだと分かった)
表面的には、たった一匹の、
小さな魚が釣れただけ。
それなのに、自分でも驚くくらい,
心臓がドキドキしていた。

急に竿先が吸い込まれ、
そこからビクビク手に伝わる感触、
一体何がかかったんだろう?
という不安にも似た緊張感と期待感。

初めて見る釣りたての海の魚の姿。

そして、1投目で釣れるサプライズが合わさって、
うまく言えないが、久しぶりに心が動いた瞬間だった。
それは小さいときの釣りの記憶と同じで。
あの時も、釣りに行くたびに出会える魚たちに、
毎回心を動かされ、夢中になって
釣り糸を垂れていた。

それが、いつしか、釣りから離れて時間が経つほど、
心のどこかで、釣りは子どもの遊び程度のもの
としか考えていなかった。
でも、それは違った。

大人になってからも、相変わらず、
ドキドキさせられている自分がそこにいた。

静かに聞こえる波音を聞きながら、
長年忘れていた気持ちが、
大波のように急に打ち寄せた気がした。

・・・

以上、実はこれは5年前の僕の話。
今では、時間を見つけては釣り場に出かけて、
魚釣りが、すっかりライフスタイルになっています。
僕のように、子ども時代に釣りを楽しんだ人は、
大人の趣味としてもう一度それを思い出してほしい。

また、そうでない人も、
今自由に使える時間を魚釣りに充てる、
という選択肢を頭に浮かべてみてほしい。

それは、あなたの人生を、
少し豊かにするかもしれません。

hiejima