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ジリリリリ・・・
キャラクターものの目覚まし時計の
騒々しい音で飛び起きる。
幼稚園の頃からずっと、
毎日これに起こされている。
昨日の夜はいつもより早めに寝たから、
二度寝の誘惑もなく、
布団からすぐ飛び起きた。

「釣りに行く時だけは早く寝るよね」
母親から呆れたように言われている。

カーテンを開けると、
外はまだ薄暗い午前5時。
今日は天気も悪くなさそうだ。
昨晩に整理しておいた道具箱と、
リールやタオルが詰まったリュックを持って、
まだ寝静まっている家族を起こさないように
暗い階段をそうっと降りる。

玄関の戸をそっと閉めるところまでいけば、
とりあえずは一安心。
家族の中で、僕だけが一日を
先取りしていることに
ちょっと優越感を感じながら、
足取り軽く外へ出る。

お気に入りのルアーが詰まった道具箱は、
自転車のカゴにピッタリおさまる。
スピニングとベイト、一本ずつ、
2ピースロッドはカゴに載らないから、
自転車のハンドルと一緒に持って。
むわっとした朝の空気を感じながら、
まだ人気の無い田舎道へ漕ぎ出す。

田んぼが一面に広がった中に、
一本の芯が通ったような道を漕ぎ進む。
稲は膝の高さまで伸びてきている。
こんな朝早くから
田んぼの世話をしている年寄りが、
稲の隙間から遠くに、ぼつぼつ姿が見える。
覗き込むとオタマジャクシやカブトエビで、
朝からにぎやかだ。

砂利道を抜けるときは、
道具箱のルアーが、
中で暴れてガタゴト音を立て、
サドルから尻に伝わる振動もキツい。
一方、広い県道に入ると
静かに調子よくスピードを上げて進める。
田舎の道のりはバリエーションが多彩だ。

いつもの小川の橋に差し掛かる。
ここは小学生だったころの通学路。
朝と夕方の登下校で、
魚が居ないか、いつも覗いていた橋だ。
運が良ければ、両手を広げたくらいの鯉が
伸び伸びと泳いでいる姿を見れたが、
今日は気づいたら、
その橋は通り過ぎてしまっていた。
「せっかくの土曜日、いい時間に釣りをしたい!」
朝5時台に、ひとり自転車を漕ぐ少年は
先を急いでいた。

いよいよ山道に入る。
ここからは立ち漕ぎが必須だ。
右のペダルを、ぐいっと、
次に、左のペダルを、ぐいっと。
それぞれに順番で、全体重を乗せていく。
ハンドルを持つ手も一緒に力を込めて、
坂道をジリジリと、
削り取るように上っていく。

生い茂った木々の枝が垂れて、
その間からセミの鳴き声が騒がしい。
Tシャツの中で、大粒の汗が、
わき腹を流れていく。

最後は、少し下り坂。
背の低い雑草が茂った道を抜けると、
波一つ無い、静かな野池が姿を現した。

ハァハァと息が上がっている中、
自転車のスタンドを立てると、
カチャンという音が響きわたる。
まだ友人は来ていないようだ。

竿にリールを付けて、ルアーに糸を結ぶ。
買ったばかりの小さなルアー。
バスプロが雑誌で使っていた、
憧れのメーカーのものだ。
1500円もするから、
釣具屋の棚を何度も行ったり来たりしながら
思い悩んだ末に買った。
家で開封して、リアルな作りをまじまじ眺めたり、
ラトルの音を聞いたりして、
泳ぐ姿を想像して悦に浸った。
人気のアユカラーが残っていたことも嬉しい。
少年にとって、
新品のルアーを買うことは
ちょっとした冒険だ。

ちゃんと糸が結べたことをよく確認して、
いよいよ第一投。

少年の想いを載せたルアーが着水して、
ワクワクドキドキするブラックバス釣りが
今週も始まった。